コラム・レポート

塩辛に燻製と「いわし」で作る珍品を賞味あれ!(63-2)

塩辛に燻製と「いわし」で作る珍品を賞味あれ!(63-2)白い暖簾に「長屋」の文字が目印。

【OL銀座食楽部】新橋駅の改札口に名を残す「烏森(からすもり)口」の発祥となる烏森神社はもはや20年前となる懐かしい昭和の街並みの面影を今も伝えている。烏森神社近くの「いわし料理専門店 長屋(ながや)」はそんな風景の中にあり、ビルに隠れるように連なる軒続きの木造建築物だ。「この辺(の建物)はみんな、長屋みたいだから」と店主の柴山裕行(しばやま・ひろゆき)さんは店名の由来を語る。

専門店というだけあって、さまざまないわし料理がメニューに並ぶが、中にはパンやアイスクリームといった文字があり目をひきつけられる。


1階はカウンターとテーブル席、2階は座敷になっており、柴山さん夫婦とアルバイトの女性とわずかな人数で切り盛りしている。

アイスクリームといわしを関連付けられる人がどのくらいいるのであろうか。もちろん私もわからなかった。柴山さんにそこまでの発想をわかせる食材「いわし」、かなりの思い入れがあるのだろうと思っていたのだが、普通の和食店から始まったこの店が「いわし専門店」に衣替えしたのには意外なエピソードがあった。

千葉県南房総市富浦出身の柴山さんが上京したのは1967年、18歳の頃だ。板前として料亭、割烹などで修業する当初から「独立」の2文字を掲げていた柴山さんは、22歳からラーメンなどの移動販売店(屋台)で軍資金を貯め、中野でおでんや焼き鳥の店を経営したのちに、1983年に「割烹」として新橋で店をオープンした。

はさまれている梅肉がさわやかな「いわしのゆば巻き揚げ」。赤で彩りを添え、しょうがとともに清涼感をもたらす。

ところが、売り上げがうまく伸びずに悩み、柴山さんはお客として店を訪れていた新聞記者に店のことで相談を持ちかけていた。そんなある日、その記者が女性誌に掲載された「いわし」に関する記事のコピーをもってきてくれた。

それは、戦前戦中に日本では対外的に体格の劣っていることへの国を挙げての対策として、価格が安くて栄養価の高い、いわし料理を「国策料理」のひとつとして推奨していたという内容だった。

この記事をヒントに、柴山さんは「食べて健康になる上に、原価が安くて料理も工夫がしやすい」いわしメニューを増やしていくことにした。銀座をはじめ、他店のいわし料理を食べ歩き、研究を重ねたオリジナルいわし料理が評判になり、客を呼び、ついには専門店になってしまったというわけだ。つまり、こだわりの食材であったというよりは、ひとりの記者との出会いが生んだ偶然の産物だったことになる。

小さな瓶にたっぷりと出てくる「いわしの塩辛」、これだけでお酒をかなり呑むことができる。

しかし、「いわし専門店」にしたところから、こんどは柴山さんのアイデアがほとばしるように出てきて、「いわしでなんでもやってみよう」とオリジナルいわし料理に挑戦した。「とにかく作ってみて、駄目なら(メニューから)外せばいい」というチャレンジ精神で、パンやアイスといった珍品まで誕生した。

中には「珍品」すぎて消えていってしまったメニューもある。たとえば、いわしの粉を練りこんだ「いわしそば」や、山しょうの粉と少量のしょう油で作った山しょう床に半干しにしたいわしと大根を漬けて作った「いわしのおしんこ」などだ。そんな中で愛され続けてきたメニューが今晩も常連客達の食卓を賑わしている。

ちょっと変わっている「梅肉ゆば包み揚げ」(840円)を注文した。大葉と梅をはさんでゆばで包んだいわしをかんぴょうで縛って揚げたひと品だ。大葉の風味と揚げたかんぴょうの食感が印象的で、浸ける天つゆのおろしに添えられたしょうがが後味をさっぱりさせてくれる、季節にぴったりの揚げ物だ。

甘辛いタレがしみこんだ「いわしのくん製」、熱いうちに食べるとより口当たりがいい。

もう2品、「いわしの塩辛」(420円)と「いわしのくん製」(840円)も珍しいので頼んでみた。塩と酒とみりんで調味された「塩辛」は、唐辛子でピリッと味をひきしめ、お酒を飲みたくなる。熱々ご飯を食べたくなる人もいるだろう。

柴山さんが「材料は時期によって変わる」という。1月から6月ころまではいわしの白子(精巣)を使い、そのほかの時期は胃袋で作る。歯ごたえや味わいが変わるということなので、秋になったら胃袋の塩辛をぜひ味わいたい。

くん製は「熱いうちに食べると、より口当たりがよい」と撮影して冷めてしまったものを温めなおしてくれた。確かに、くん製独特のボソボソした食感ではなく、むしろふんわりとしていて漬けダレのジューシーさすら感じた。

いぶす前に一度ボイルして完全に火を通すそうだが、その時に酢を入れるのがポイントで、一尾丸ごとのいわしは茶色く輝き、桜チップの香ばしさもほのかに漂う。この店でこの2品を口にするだけでいわし料理の醍醐味が味わえ、思わず酔ってしまいそうになった(【OL銀座食楽部】では複数のフードアナリストの女性が実際にレストランを訪れ、そのレポートを毎週、金曜日から週末に掲載します。今回は食の「鉄人」になりたいayakoさんが書いています)

店名=「いわし料理専門店 長屋」(港区新橋2-15-13、03-3591-5920)

営業時間=17時から23時30分(注文は23時まで)、土・日曜日・祝日が定休。

料金は料理が420円から、コースが2625円から4725円。ビール578円から、ウィスキー・焼酎ロックは473円、グラスワインは630円から。お通し(735円)がつく。
日本フードアナリスト協会

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