コラム・レポート

F1の世界にカンバン方式を導入したトヨタ(25)

F1の世界にカンバン方式を導入したトヨタ(25)2003年ドイツGPでは、トヨタはダ・マッタ、パニスの2台とも入賞を果たした。

【モータースポーツを拡げろ!】2003年のF1第7戦まで、トヨタF1チームはポイント獲得がスペインGPの6位入賞のみであったが、ここまで我慢の走行を続けてきたオリビエ・パニスが第8戦カナダGP、第10戦のフランスGPと8位入賞を決める。

次のイギリスGPでは、トヨタはフロントウイングやエンジンカウル(エンジンを覆うカバー)、リアウイングなどに空力面での改良が施されたマシンを投入し、クリスチアーノ・ダ・マッタが7位に食い込んだ。


ドイツ・ケルンにあるヨーロッパのF1車両開発の拠点「TMG」。

一方、ホンダはジェンソン・バトンがオーストリアGPで表彰台へあと一歩の4位に入る。その後もバトンは、ヨーロッパGPで7位、イギリスGPで8位と入賞を重ねていく。

そして、第12戦のドイツGPでは予選でパニスは7位、ダ・マッタが9位とトヨタ勢は好調で、スタート直後にチャンピオンを争うドライバー同士の接触事故などもうまくクリアしつつ、着実に順位を上げていく。

結果、パニスは5位、ダ・マッタが6位と、2台そろっての入賞を果たす。ヨーロッパの開発拠点であるTMG(トヨタモータースポーツ、本社・ケルン)が置かれるドイツでの好成績にトヨタ関係者はわきかえった。「BARホンダ」のバトンも8位でゴールし、日本勢は3台が入賞した。

2003年の日本GPに参戦したドライバーたち。佐藤琢磨はスポット参戦で6位入賞を果たす。

最終の日本GPでは予選でダ・マッタが3位、パニスは4位に食い込み、初の表彰台も予感させたが、ダ・マッタが7位、パニスは10位に終わり、コンストラクターズ選手権は10位だった。

一方、「BARホンダ」は、ジャック・ヴィルヌーヴが参戦を取りやめたため、テストドライバーを務めていた佐藤琢磨(さとう・たくま)が急きょ乗り込むこととなり、バトンが4位、佐藤が6位とダブル入賞を果たした。フェラーリ、ウイリアムズ、マクラーレン、ルノーと上位4チームからは大きく引き離されながらも、チーム成績で5位に食い込んだ。

2003年までトヨタのモータースポーツ部長を務めた松井誠(まつい・まこと)は、こう振り返る。

「F1のマシンはものすごく微妙で、ちょっとした変更が全体の変更に及んでくる。ドライバーとエンジニアのコミュニケーションが非常に大切だとわかった」

「1年目はやっぱりよくわからなかった。2年目は序盤戦でクルマの初期不具合をきちんと解消しつくせずつまづいた。中盤はまずまずだったが、そのままの調子で続かなかったのは、レース運営がうまくいかなかったからだろう」

「総合的な反省として、レース運営にも車両開発にも、経験の豊富なリーダーが必要だと痛感した」

さて、トヨタの特徴といえば、「トヨタ生産方式(トヨタ・プロダクション・システム=TPS)」だろう。F1参戦を決めたときからF1の世界にTPS導入を考えていたのが、社長の張富士夫(ちょう・ふじお)であった。

2002年のマレーシアGPを視察した張の指示により、まずアメリカの「カート(CART)」の世界に持ち込まれ、その後F1チームにも導入される。

ピットでのタイヤ交換やホースによる給油など、細かい動作までチェックして作業の改善項目があげていく。これにより、作業ミスの減少や作業時間の縮減につながった。レースの世界にも「トヨタ方式」が息づいているのである(敬称略、【モータースポーツを拡げろ!】はモータースポーツについて毎週末に掲載します。若手ライターの平本真樹さんが書いています)。
富士スピードウェイ

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