コラム・レポート
麻生会頭への道(4)全国JCに働きかけ、名古屋から賛同得る(56)
(前首相の麻生太郎さんが1978年に日本青年会議所会頭に就任した前後の話について、2009年11月19日と12月9日に2回掲載し、今回はその4回目です)
【暮らしの中の仏教・言の葉集】関東大会では通常は各地から参加した各青年会議所の名を読み上げ、そのたびに呼ばれた皆がわーっと立ち上がるのが常である。ところが、関東地区は青年会議所が100くらいあり、そこへもってきて九州から55の青年会議所が参加している。
関東地区協議会会長の関谷芳弘(せきや・よしひろ)さんは、100プラス55を読み上げるのは大変だし、九州の青年会議所の名前を読み上げると、九州のデモストレーションに加担することになるので、各県・ブロック単位で読もうと言う。
揉めに揉めたが、最後はこちらの熱意が通じ、関谷さんはひとつひとつ読み上げるという決断をしてくれた。九州の55の青年会議所を読み上げるたび、みんなわーっと立ち上がる。九州は本当にやる気があるということを関東のみなさんに示せたと思う。
こうして東京にも麻生さんの存在を示せたが、それはまた、相手方にもやる気を出させることになる。その結果、望月さんを推す中国地区と麻生さんを担ぎ出す九州との戦いという様相を呈した。しかし、いずれにしても関東地区をはじめ各地区の支援がないと票は取れない。陣取り合戦みたいなものだ。
麻生さんは田口義嘉寿(たぐち・よしかず、現西濃運輸会長)さんが会頭のときに専務理事を務めたが、田口さんが微動だにせず議事の運営をする方なのに対し、麻生さんは最初のころは行儀があんまりよくないこともあって、会頭にはまだ早いというのが世間の見方だった。でも田口さんには、将来の会頭含みで麻生さんを専務理事にお願いしている。
私は田口さんと相談し、全国の8つの地区をまず東海地区から切り崩していこうと決めた。仁義を切ろうというわけである。
私と福岡ブロック会長の佐々木悟(ささき・さとる)さん、福岡青年会議所理事長の加地良一(かじ・りょういち、現愛華社長)さんらと田口さんで、地区会長の柏木順壱(かしわぎ・じゅんいち)さんと加藤千麿(かとう・かずまろ、現名古屋銀行会長)さん、麻生さんが会頭のときに専務をやってもらった川村悌弍(かわむら・ていじ、元中部経済同友会代表幹事、現三晃社会長)さんら、中部地区を代表する方々を名古屋の料亭にお招きした。
私が「麻生を会頭に推しますのでお力添えを願いたい」とごあいさつすると、途中でケツを割るのではないかと突っ込まれた。それに対して、「九州としては不退転の決意で臨みます」というと、わかりました、と。このことは裏方だけしか知らない話なのだが、こうして東海地区の協力を取り付けることができた。
麻生さんは麻生さんで人脈をもっているので、大口の大阪や京都、仙台の理事長を押さえている。福岡に加え、名古屋、大阪、京都、仙台を押さえたのだから、これは大きい。
しかし、やはり選挙は水ものだ。押さえたとは言っても、本当に押さえているかどうかは選挙になってみないとわからない(【暮らしの中の仏教・言の葉集】はお仏壇のはせがわの会長、長谷川裕一さんが日常生活の中に根づいている仏教について話したことをまとめています。今回は特別編として、麻生太郎さんが日本青年会議所会頭に就任した当時の話を連載しています)。
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