コラム・レポート

「ドラッグ天国殺人事件3」(1)ビーチボーイの実態(52)

「ドラッグ天国殺人事件3」(1)ビーチボーイの実態(52)インドのヘロイン常習者は自分で注射器を使って打つ。

(「ドラッグ天国殺人事件3」は連作のオムニバス方式の第3弾で、5回連日で掲載します。第1弾は7月3日から6日、第2弾は7月26日から30日まで掲載しました)
【印度の玉手箱】西インドのゴアは長年、欧米人旅行者の間で人気を誇っている有名なビーチリゾート地だ。アラビア沿岸沿いに点々と開けるビーチスポットは美しく野性的で、ポルトガルの植民地だった歴史を反映し、瀟洒(しょうしゃ)な街並みは洗練された雰囲気をかもしだしていた。

キリスト教住民の多い自由な気風に満ちたこの街は、シーズンになると、白い肌一色に塗り替えられるといっても過言でないほど、アメリカやヨーロッパからの旅行者で埋まるのだった。

アンリは、数ある浜の中でも、かつてヌーディストビーチとして一世を風びしたアンジュナビーチの外れの漁村で生まれた。ヒッピー全盛期は、うさん臭い風来坊たちの穴場として人気を呼び、サイケデリックな衣装にじゃらじゃらのアクセサリーをまとった男女たちが、掘っ立て小屋同然のレストランで、日がな1日ガンジャ(大麻)のチラム(パイプ)を吹かしていたそうだ。しかし、現在では警察の取締りが厳しくなり、そうおおっぴらというわけにはいかなくなってしまった。


ところが、抜け道はいくらもあるもので、お上の目を盗んで時たまドラッグ三昧(ざんまい)パーティーが催されることもあった。毎水曜日に行われるアンジュナのフリーマーケットは名高く、ペーパーバックから民芸品、Tシャツまで何でもござれの蚤(のみ)の市は旅行者間に好評だった。

昔は小規模宿が低い崖の上にまばらに立つのみだったここも、今ではすっかり開発されて、ホテルが乱立し、崖が途切れる向こうに開ける壮麗(そうれい)な浜には、レストランも競って軒を並べていた。

そのうちの1軒、旅行者にもっとも人気のある「デアデヴィル」がアンリの行きつけの店だった。といっても、客として通っていたわけではなく、この店とは持ちつ持たれつの関係で、自由に出入りさせてもらう代わりに、猫の手も借りたいシーズン時は労働力を提供していたのである。オーナーはアンリの美貌が白人女性客寄せになることを知って、むしろ自分の存在を歓迎している節すらあった。

「ブラウンシュガー」と呼ばれる精製されていないヘロイン。あぶって吸い込む方式が現地では一般的だ。

現地人には似つかわしくない肌白、碧(あお)い瞳に金茶色の髪を持つ容貌のおかげで、自分は小さいころから「やーい、合いの子」と、悪童どもからどれだけからかわれたかしれやしない。数え切れないいじめにもあってきた。

長じると、「お前は、かーちゃんが白人旅行者に体を売ってできた子や」との陰口まで叩かれるようになった。思春期の多感な年頃だったアンリはさすがに、そのうわさには傷ついた。

常々、父母にちっとも似ない容貌を鏡に映しては不審に思っていただけに、出生に隠された秘密には愕然(がくぜん)とさせられずにはいられなかった。そういわれてみればと、14歳ごろまで、うちには年に1度、スウェーデンから特別のお客さんがやってきて、母がいそいそ華やぎ活気づいていたことを思い出す。

大柄な金髪の年配男性は自分そっくりの肌の色と瞳の色を持っていた。そのスウェーデンからの来客、オーステンは滅法(めっぽう)気前のよい外人で、いつもたくさんのおみやげをもってきてくれた。
(【印度の玉手箱】はインドで暮らすモハンティ三智江さんがエッセイやショートストーリーを不定期に書きます)
ホテル・ラブ&ライフ

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