コラム・レポート

「ドラッグ天国殺人事件」(4)ソフィが死体で見つかる(46)

「ドラッグ天国殺人事件」(4)ソフィが死体で見つかる(46)アンジュナから山一つ越えれば、バガビーチ。

(「ドラッグ天国殺人事件」は連作5編のオムニバス方式の第1弾で、4回連日で掲載します)
【印度の玉手箱】トミーは素面(しらふ)で、会場を少女の姿を求めて駆けずり回った。今、思うに、ソフィが母についていかなかったのは、このフルムーンパーティーを逃したくなかったせいに違いなかった。近年、警察の取締りが厳しくなったこともあって、ドラッグ三昧の乱痴気騒ぎを催す機会は激減していたのだ。

旅行者同士のひそかな情報交換で、パーティーが催されるかどうかはわかるのだが、みんな、今度こそはとわくわく期待に胸弾ませながら、中途で拍子抜けの日々が長いこと続いていた。

みながやりたくてうずうずしていた矢先だっただけに、主催者側の万事手抜かりない根回しで、直前に催されることが決定したときには、誰もが狂喜乱舞した。パーティーが催されるとわかっていたら、きっとカトリーヌも発たなかったはずだ。


それにしても、ソフィの姿はどこにも見当たらなかった。見知った外人たちにも訊き回ったが、みな首を傾げるばかりだった。しょうがないわがまま娘だとトミーは舌打ちしながら、まあ、明日になれば、けろっとして現れるだろうと、依然楽観していた。

必死で捜索するうちに、時計はいつしか真夜中近くなっていた。トミーは半ばやけ気味で、知り合いのドイツ人の差し出す大麻入りビールをあおった。切手のような一続きのアシッドも巡ってきたので、2枚口中に放り込んだ。

いつも素面ばかりでは、馬鹿らしくてこんな仕事はしていられない、まったくカトリーヌが去ってからというもの、このじゃじゃ馬娘には振り回されっぱなしだ。

ゴア・トランスと呼ばれる世界の旅行者が持ち込んだダンスミュージックががんがん音響を鳴り渡らせ、満月の夜のパーティーは最高潮に盛り上がる。コンピューターミュージックと、エクスタシー、LSD,スピードなど数々のドラッグ、昔ポルトガルの植民地だったことでキリスト教徒の多い西洋化された瀟洒(しょうしゃ)な街並み、長大な海岸線に沿って点々と繰り広げられるビーチスポット、その美しく野性的な自然、これらの要素が噛み合わさって、旅行者の熱狂はとどまるところを知らなかった。

旅行者に人気のアンジュナのフリーマーケットは民芸色豊か。

トミーも誘われるまま、気違いじみたように踊りまくって、椰子の根元にごろりと横になった。潮風が汗に濡れた体を心地よく撫ですぎ去っていった。30に手の届く自分は久しく、こうした娯楽から遠ざかっていたため、若いころのことを思い出すようだった。

夜空を見上げると、輝かしい黄金(こがね)色のまん丸の大きな月が煌々(こうこう)と照らしていた。椰子がしとど降り注ぐ月の滴(しずく)を浴びて、深海で発光する巨大なヒトデのように、長い葉を触手のようにうごめかせている。

と、永らくご無沙汰していた背中に羽の生えた光の精霊が現われ、疲労した全身に漏斗(ろうと)のような指先でエネルギーを注いでくれた。深い安らぎと至福感に満たされて、ドラッグの幻覚が生み出す精霊たちとテレパシーを交わした。

「ソフィは明日見つかるよ」と、そのうちのひとりが教えてくれたような気がした。そのとき自分の脳裏に突如、少女の全裸死体が浮かんだ。

「ソフィは明日見つかるよ」と、そのうちのひとりが教えてくれたような気がした。そのとき自分の脳裏に突如、少女の全裸死体が浮かんだ。

バッドトリップかなと、頭を左右に激しく振る、不吉な悪夢を一掃するように、夜空にいきなり華麗な七彩(しちさい)のグラデーションがかかった。恒例の締めの花火で、その合図によって、トミーは今まさにパーティーの幕が閉じられようとしていることを知った。東の空はまもなく、白み始めようとしていた。

狂乱騒ぎから浜に一転して静寂が戻った途端、トミーは正体もなく眠りこけていた。周囲のざわざわ騒がしい雰囲気ではっと目覚めたときには、陽はすでに高かった。寝ぼけ眼で腕時計を確認すると、9時を過ぎていた。

砂だらけの体を払ってのそのそ起き上がる。とるものもとりあえずソフィの宿泊先を確認することが先決だと北の崖側に向かって歩き出したが、中途で警官とすれ違ったことが妙に引っかかり、黒山の人だかりのするほうへ寄ってみた。

ゴアの首都パナジの、ポルトガル風民家。

まさかと、不吉な胸騒ぎを覚えたからである。脳裏に少女の全裸死体がちらついた。ドラッグでがんがん痛む後頭部を抑えながら、トミーはいつしかふらつく足取りで駆け出していた。

強引に輪を割って、突き進んだ前方に繰り広げられた光景に衝撃を受けた。がくがく折れふしそうになる膝をかろうじて持ちこたえながら、生前見慣れたソフィの土左衛門を呆然(ぼうぜん)と見下ろしていた。一晩中、探し回った大事なお客はやっと見つかった、が、すでに息絶えた後だった(了)。
(【印度の玉手箱】はインドで暮らすモハンティ三智江さんがエッセイやショートストーリーを不定期に書きます)

注:「ブラウンシュガー」とは精製されていないヘロイン、「スピード」は覚せい剤、「アシッド」はLSD,「エクスタシー」は錠剤型合成麻薬の通称。

ホテル・ラブ&ライフ

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