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ぐんまちゃん家で萩原朔太郎講座、詩を読み、縁の地を歩く

ぐんまちゃん家で萩原朔太郎講座、詩を読み、縁の地を歩く

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【銀座新聞ニュース=2010年8月31日】群馬県(群馬県前橋市大手町1-1-1)が運営する「ぐんま総合情報センター」(愛称・ぐんまちゃん家、中央区銀座5-13-19、デュープレックス銀座タワー5/13、03-3546-8511)で9月6日から4回にわたって「ふるさと講座 読んで親しむ朔太郎」を開催する。

群馬県を代表する詩人、萩原朔太郎(はぎわら・さくたろう、1886-1942)について、人と作品を知る講座で、4つの詩集「月に吠える」、「青猫」、「純情小曲集」、「氷島」から選んだ代表作を読みながら萩原朔太郎に近づく。

9月6日13時30分から「萩原朔太郎はこんな人」と題して、萩原朔太郎の生涯を紹介する。

9月27日13時30分から口語自由詩の確立者という評価を得た「月に吠える」と「青猫」の中から選んだ詩を鑑賞する。

10月9日は「朔太郎の生まれ育った街、前橋めぐり」と題して、前橋市の
萩原朔太郎ゆかりの地を訪れる。時間は未定。

11月8日13時30分から小詩集「純情小曲集」と評価の分かれる「氷島」を鑑賞する。

ウイキペディアなどによると、萩原朔太郎は18886年群馬県東群馬郡北曲輪町(現前橋市千代田町)生まれ、旧制県立前橋中学校(現群馬県立前橋高校)在学中に「野守(のもり)」という回覧雑誌に短歌を発表、1907年に熊本県の第五高等学校に入学し、1908年に岡山県の第六高等学校に転校するが、チフスで中退した。

1910年と1911年の2度、慶応大学予科に入学するも短期間で退学した。1917年に詩集「月に吠える」を発表し、1919年に上田稲子(うえだ・いねこ)と結婚し、葉子(ようこ、1920-2005)と明子(あきこ)の2女をもうけるものの、稲子が家を出てしまい、1929年に離婚した。

1923年に口語体で書かれた第2詩集「青猫」を刊行、1925年に「純情小曲集」を発表、1933年に漢文調の文語体で書き、評価が大きく分かれている第3詩集「氷島」を刊行した。1938年に大谷美津子(おおたに・みつこ)と再婚するが、1年余りで離婚した。1942年に「帰郷者」で透谷賞を受賞したが、急性肺炎で死去した。

萩原朔太郎は詩のほかに、音楽や演劇にも強い関心をもち、一時期は音楽家を志していたことがある。作曲としては友人の室生犀星(むろお・さいせい、1889-1962)の詩による合唱曲「野火」とマンドリン曲「ウィービングガール(A Weaving Girl、機織る乙女)」の2作品が残されている。また、写真、手品なども趣味としていた。

10月の第3回以外はぐんまちゃん家で開催する。定員は30人、料金は無料(第3回の前橋市まで費用は参加者負担)だが、4回とも出席できることが前提となる。

希望者は「講座名」、「氏名」、「住所」、「電話番号」、「性別」、「年齢」を記入してぐんまちゃん家(ファックス03-3546-6551、メールアドレスがg-info@pref.gunma.jp)まで申し込む。8月31日締め切り。(2010-08-31)

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