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シネパトスで加山雄三、赤木圭一郎特集、深江章喜らがトーク

シネパトスで加山雄三、赤木圭一郎特集、深江章喜らがトーク

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【銀座新聞ニュース=2010年8月26日】銀座シネパトス(中央区銀座4-8-7先、三原橋地下街、03-3561-4660)は8月28日から9月24日まで「加山雄三X赤木圭一郎 50thフォーエバー・メモリーズ」を開催する。

俳優で歌手の加山雄三(かやま・ゆうぞう)さんが東宝に入社して「男対男」で映画デビューして以来、芸能生活50年を迎えたのと俳優の赤木圭一郎(あかぎ・けいいちろう、1939-1961)が1961年に事故死して以来50年経つのを記念して、2人がそれぞれ出演した映画を2本立て(一部3本立て)にして上映する。また、9月4日と9月18日にトークイベントを開く。

8月28日から8月31日が赤木圭一郎主演の「紅の拳銃」(1961年、監督は牛原陽一=うしはら・よういち、1924-1977)と加山雄三さん主演の「暗黒街の弾痕」(1961年、岡本喜八=おかもと・きはち、1924-2005)。

9月1日から9月4日が赤木圭一郎主演の「霧笛が俺を呼んでいる」(1960年、監督は山崎徳次郎=やまざき・とくじろう、1922-=さん)と加山雄三さん主演の「歌う若大将」(1966年、長野卓==ながの・たかし、1927-1989)。

9月5日から9月8日が赤木圭一郎主演の「錆びた鎖」(1960年、斎藤武市=さいとう・ぶいち、1925-=さん)と加山雄三さん主演の「恐怖の時間」(1964年、監督は岩内克己=いわうち・かつき、1925-=さん)

9月9日から9月12日が赤木圭一郎主演の「拳銃無頼帖 抜き射ちの竜」(1960年、野口博志=のぐち・ひろし=さん)と加山雄三さん主演の「狙撃」(1968年、監督は堀川弘通=ほりかわ・ひろみち、1916-=さん)。

9月13日から9月16日が赤木圭一郎主演の「海の情事に賭けろ」(1960年、野口博志さん)と加山雄三さん主演の「海の若大将」(1965年、古沢憲吾=ふるさわ・けんご、1923-1997)

9月17日から9月20日が加山雄三さん主演の「帰ってきた若大将」(1981年、小谷承靖=こたに・つぐのぶ=さん)と赤木圭一郎主演で未完の最後の作品「赤木圭一郎は生きている 激流に生きる男」(1967年、吉田憲二=よしだ・けんじ、1931-2003)と赤木圭一郎出演映画のダイジェスト「アゲイン(AGAIN)」(1984年、矢作俊彦=やはぎ・としひこ=さん)。

9月21日から9月24日が赤木圭一郎と石原裕次郎(いしはら・ゆうじろう、1934-1987)主演の「清水の暴れん坊」(1959年、松尾昭典=まつお・あきのり、1928-2010)と加山雄三さん主演の「兄貴の恋人」(1968年、森谷司郎=もりたに・しろう、1931-1984)。

ウイキペディアなどによると、加山雄三さんは1937年神奈川県横浜市生まれ、茅ヶ崎市で育ち、父親は上原謙(うえはら・けん、1909-1991)、母は小桜葉子(こざくら・ようこ、1918-1970)、妻は元女優の松本(まつもと)めぐみさん、長男がCG会社経営の池端信宏(いけはた・のぶひろ)さん、次男が俳優の山下徹大(やました・てつお)さん、長女が元タレントで現在料理研究家の梓真悠子(あずさ・まゆこ)さん、次女が女優の池端(いけはた)えみさん。

1960年に慶応大学法学部を卒業、東宝に入社、「男対男」で映画デビュー、1961年に「夜の太陽」で歌手デビューし、NHK紅白歌合戦には12回出場し「君といつまでも 」など代表曲が多数ある。1960年代は東宝の看板スターとして映画「若大将シリーズ」などで活躍し、都民文化栄誉賞などを受賞した。また、 1996年に近代映画社から画集「すべて愛なんだ」を発売してからほぼ毎年画集を発行し、1998年には「加山雄三ミュージアム」を開設した。現在は絵画で個展などを開いたり、タレントとして活躍している。

赤木圭一郎は1939年東京府旧麻布区(現東京都港区西麻布4丁目)生まれ、成城大学に在学中に他界した。 在学中の1958年に日活第4期ニューフェイスとして日活に入社、石原裕次郎主演の「紅の翼」にエキストラ出演し、その後、主人公の弟分や準主役級として出演し、1959年に「素っ裸の年令」で初めて主演した。

その後「拳銃無頼帖」シリーズなど20本以上のアクション映画に主演し、「マイトガイ」の小林旭(こばやし・あきら)さん、「タフガイ」の石原裕次郎に続く「第3の男」と呼ばれた。また、「霧笛が俺を呼んでいる」をはじめ、次々と映画の主題歌を歌い、歌手としてもヒット曲を出した。

1961年2月14日に「激流に生きる男」撮影中の昼休憩時にゴーカートを日活撮影所内で運転中、ブレーキとアクセル(乗用車とは逆位置)を踏み違え、60km以上のスピードで大道具倉庫の鉄扉に激突、病院に緊急入院し、一時は意識が戻ったものの、2月21日に前頭骨亀裂骨折に伴う硬膜下出血のため亡くなった。1967年に「トニーは生きている、激流に生きる男」の題名で最後の映画が公開された。

9月4日10時30分の回上映終了後に82歳の俳優、深江章喜(ふかえ・しょうき)さんによるトークイベントを開く。深江章喜さんは1960年の「霧笛が俺を呼んでいる」に出演しており、当時の赤木圭一郎について語る。また、「霧笛が俺を呼んでいる」に出演した女優で元宝塚歌劇団の中真千子(なか・まちこ)さんが花束贈呈で舞台に登場する。

9月18日11時の回上映終了後に小谷承靖さんと映画批評家で電通の樋口尚文(ひぐち・なおふみ)さんによるスペシャルトークイベントを開く。小谷承靖(こたに・つぐのぶ)さんは1981年の「帰ってきた若大将」を監督しており、加山雄三さんについて語る。また、「帰ってきた若大将」に若大将の妹役で出演した女優の中真千子さんが花束贈呈で出演する。

深江章喜さんは1928年東京都生まれ、舞台活動を経て、1954年に日活に入社、アクション映画の台頭と共に頭角を表し、小林旭さんの「渡り鳥」シリーズをはじめ、多くの映画でギャングなどの悪役を演じた。1971年に日活を退社し、東映を中心に各社の映画に出演し、テレビドラマにも進出、子供向けドラマなどではコミカルな役も演じた。息子は俳優の深江卓次(ふかえ・たくじ)さん。

中真千子さんは1936年関東州大連市(現中国遼寧省大連市)生まれ、1947年に広島市に引揚げ、神戸成徳学園高校(現神戸龍谷高校)を卒業、1956年に宝塚音楽学校に入学、1957年に「碧川澄子」の芸名で宝塚歌劇団に入団、この間、1955年に映画「女の学校」に出演、1960年に退団して東宝と専属契約、東宝の作品に出演し、「若大将シリーズ」で加山雄三さんの妹役でレギュラー出演した。現在、フリーで活動している。

小谷承靖さんは1935年鳥取県生まれ、東京大学文学部フランス文学科を卒業、1960年に東宝に入社、1970年に加山雄三さん主演の「俺の空だぜ!若大将」で監督デビューし、東宝と監督契約を結ぶ。1985年にフリーとなり、映画、テレビ、ドキュメンタリー映画、CMの監督などを務めている。

樋口尚文さんは1962年生まれ、早稲田大学政治経済学部を卒業、在学中に8mm映画を制作し、1983年にぴあフィルムフェスティバルに入選した。一方で映画論の執筆もはじめ、ダゲレオ映像評論賞に入賞し、1985年に書き下ろし映画評論集を出版した。

1987年に電通に入社、CMプランナーとしてテレビCMなどを企画し、2010年現在、第2クリエーティブ局部長、クリエーティブ・ディレクターを務めている。電通に勤務するかたわら、映画評論家としても活動し、キネマ旬報ベスト・テン、毎日映画コンクール、日本映画プロフェッショナル大賞、日本民間放送連盟賞などの審査委員も務めている。

料金は一般1300円、シニア1000円。2本立ての最終回800円。トークショーは1500円。(2010-08-26)

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