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銀座ニコンで鈴木篤男の「天竜川の今」展
(全文を出した後で、写真をクリックすると、説明が出てきます)
【銀座新聞ニュース=2010年3月12日】ニコン(千代田区丸の内3-2-3、富士ビル、03-3214-5311)が運営する銀座ニコンサロン(中央区銀座7-10-1、03-5537-1434)で3月17日から3月30日まで鈴木篤男さんによる写真展「大河風貌(天竜川)」を開催する。
天竜川(てんりゅうがわ)は諏訪湖を源とし、伊奈谷(いなだに)を下り、愛知、静岡の県境を抜けて遠州灘(えんしゅうなだ)に至る大河で、古くから「暴れ川」とか「暴れ天竜」として知られてきた。写真家の鈴木篤男(すずき・あつお)さんがダムの建設から50年以上が経った天竜川に通いはじめ、川から流れる大量の土砂により砂浜と砂丘が造られ、昔日の面影もない川となったことを知った。
いまや「大量の土砂による堆積としゅんせつ船による排除、それを運ぶダンプの列、ダム湖の変化のない風景、眠るように点在する集落、音のない静かな空間、時間が止まったような」(鈴木篤男さん)天竜川に魅力を感じながら撮影した作品モノクロ54点を展示する。
ウイキペディアによると、天竜川は赤石山脈と木曽山脈という日本の屋根に挟まれながら流れ、その急峻な地形ゆえに古来より水害に悩まされた。701年に天竜川最古の水害記録が残されており、天竜川最大の洪水は1715年の「未(ひつじ)満水」と呼ばれる洪水で、伊那谷はあたかも湖水のようなありさまだったと記録に残されている。
これに対して、上流部の信濃においては、江戸時代の1746年に飯田藩主が現在の下伊那郡高森町の天竜川に堤防を建設させ、「天竜井」という用水路を開削し、かんがいを図ろうとし、1752年に完成され、飯田藩内の水害を軽減した。
上流の上伊那郡片桐(現在の中川村片桐)では1772年より堤防の建設がはじまり、1808年の完成まで58年間、57万6000人の人員を費やして、近世天竜川治水史における最大の河川工事を行った。
1832年に天竜川流域一帯に農業用水を供給するため、天竜川各所に固定堰(こていぜき)を建設、取水した。明治時代に入り、1885年に従来の囲堤を連結堤防に修築することからはじめられ、1937年に諏訪湖の洪水調節を図り、諏訪盆地を水害から守るため釜口水門が天竜川の流出部に建設された。
一方、下流域では715年に壊滅的な被害があったと推測される記述が残されており、761年に「堤防が300余丈(約1Km)決壊」と記載され、761年以前から治水事業が行われてきた。1573年に当時浜松城主であった徳川家康(とくがわ・いえやす、1543-1616)が天竜川の整備をはじめ、1591年に一応の治水事業が完了した。下流域の治水事業は明治初期よりはじまり、流路の修正を行い、1958年に河道の一本化が完了した。
一方、水力発電計画は1935年に天竜川電力(後の日本発送電)が天竜川本流に泰阜(やすおか)ダムを建設し、1936年に支流の岩倉川に岩倉ダム、天竜川にも平岡ダムが建設に着手された。1951年に日本発送電が分割、民営化されると、長野県内の天竜川水系は中部電力によって承継され、静岡県内は1952年に発足した特殊法人「電源開発」よって進められた。
1956年に天竜川中流部に建設された高さ155mの佐久間ダムが最大で、発電される電力は天竜川の包蔵水力の3分の1を賄い、天竜川における水力発電の中核施設となっている。
1958年に秋葉ダム(天竜川)、1969年に水窪ダム(水窪川)が建設され、1972年に新豊根ダム(大入川)完成に伴う新豊根発電所が佐久間ダムとの間で揚水発電を行うことによって最大出力112万5000kwの発電を行う中部有数の水力発電所となった。1976年に船明ダム建設で水力発電施設の建設は一段落し、これらにより、天竜川は日本有数の水力発電地帯となっている。
治水計画では、1959年に三峰川(みぶがわ)に美和ダムと高遠ダムが建設され、三峰川の洪水調節と沿岸河岸段丘上の農地にかんがいを行ったのをはじめ、1970年からは小渋川総合開発事業に着手、天竜川水系に多目的ダムを建設し、治水と利水を図ることにした。しかし、1982年の水害で天竜川はまたも大きな被害を受け、国は第2次三峰川総合開発事業を計画し、美和ダム上流部に戸草ダムなどの建設を計画した。
しかし、1990年代以降になると、公共事業見直し論が盛んになり、長野県知事の田中康夫(たなか・やすお)さんが「脱ダム宣言」を発表し、長野県内で計画中のすべてのダム建設を強制的に中止した。2006年7月に天竜川上流域を集中豪雨が襲い、岡谷市では土石流が発生し、死者を出す惨事となり、天竜川も堤防が決壊するなど甚大な被害を受けた。
このため、「脱ダム宣言」以降の治水整備の遅滞に対する批判が噴出し、田中康夫さんが長野県知事選挙で落選し、知事に就任した村井仁(むらい・じん)さんは「宣言」の見直しと河川整備の早急な実施を掲げた。
こうして天竜川水系には治水、利水、発電を目的に多くのダムが建設されたが、これに伴い、堆砂(たいしゃ)と海岸侵食という新たな問題が発生した。大量の土砂が天竜川を経て遠州灘に注がれて形成されたのが中田島砂丘であり、ウミガメ産卵の場所になっている。
しかし、多数のダムにより、ダムの堆砂と砂丘の後退が次第に明らかになり、特に泰阜ダムでは貯水池の約84%が砂で埋まり、小渋ダムや美和ダムでも堆砂による影響が現れはじめた。これに対して、1990年代から対応策に着手し、2001年から順次、流砂促進策が取られている。
鈴木篤男さんは1942年静岡県生まれ、写真集団「影法師」に所属し、2005年に新宿ニコンサロンで写真展を開催している。
開場時間は10時から19時(最終日は16時)、入場は無料。(2010-03-12)
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