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「釣りバカ特集」で西田敏行、三国連太郎が22年分挨拶

「釣りバカ特集」で西田敏行、三国連太郎が22年分挨拶

松竹(中央区築地4-1-1、03-5550-1533)は2009年12月5日から東劇(中央区築地4-1-1、03-3541-2711)で上映する「釣りバカ日誌特集」の初日に西田敏行さんと三国連太郎さんによる舞台あいさつを開催する。

12月26日から一般公開する最後の作品となる「釣りバカ日誌20 ファイナル」の上映前の12月5日から12月25日まで、1988年12月24日から22年間にわたって制作、上映されてきた「釣りバカ日誌」22作品の歩みを振り返り、1日2本ずつ過去の作品を上映する。

また、東劇内では過去の作品のポスター、劇中で使用された衣装や小道具が展示される。その初日の12月5日にシリーズ第1作「釣りバカ日誌」を上映し、それに際して、12月5日の11時の回上映前に出演者の西田敏行(にしだ・としゆき)さんと三国連太郎(みくに・れんたろう)さんが舞台に登場してあいさつする。

「釣りバカ日誌」は作家のやまさき十三(じゅうぞう)さんの原作と北見(きたみ)けんいちさんのマンガというコンビで、1980年から隔週刊誌「ビッグコミックオリジナル」(小学館)で連載されており、主人公で鈴木建設に勤務する万年平社員の浜崎伝助(ハマちゃん)と、鈴木建設社長の鈴木一之助(スーさん)と浜崎伝助の上司の佐々木和男課長らの交流と騒動を描いている。

1988年12月から松竹が映画化し、第1回目から西田敏行さん演ずる浜崎伝助と三国連太郎さんの鈴木社長、谷啓(たに・けい)さんの佐々木和男課長と主要な3人は役者が変わっていない。また、第1作目から脚本は山田洋次(やまだ・ようじ)さんが担当している。シリーズとしては、こんどの新作が20作目だが、このほかに2作の特別版があり、全部で22作になる。

「釣りバカ日誌」シリーズ第1弾は香川県高松市でロケし、鈴木建設の四国支社高松営業所勤務で、釣りざんまいの日々を過ごし、ついの住処として家も購入したハマちゃんが、本社人事部のコンピューターの入力ミスで東京本社営業部営業三課勤務にさせられてしまう。やがて本社でスーさんと出会い、釣りが縁で平社員と社長の交友関係がはじまるという内容だ。

監督は1988年の第1作から1998年の第10作までと特別版「花のお江戸の釣りバカ日誌」(1998年)が栗山富夫(くりやま・とみお)さん、「釣りバカ日誌スペシャル」(1994年)が森?東(もりざき・あづま)さん、2000年の11作目から2002年の13作目までが本木克英(おおき・かつひで)さん、2003年から現在まで朝原雄三(あさはら・ゆうぞう)さんで、最後の作品も監督を務めた。

西田敏行さんは1947年福島県郡山市生まれ、明治大学農学部を中退、1970年に劇団「青年座」に入団、同年に「情痴」で初舞台を踏み、1971年に「写楽考」に初主演、1978年にテレビ「西遊記」や1980年「池中玄太80キロ」などにも出演し、1982年「池中玄太80キロ2」の主題歌「もしもピアノが弾けたなら」を歌い、ヒットした。1985年「日本アカデミー賞」優秀助演男優賞、1987年「日本アカデミー賞」優秀主演男優賞を受賞した。

また、1988年から今も続いている「釣りバカ日誌」シリーズなどで、1989年「日本アカデミー賞」最優秀主演男優賞、1994年にも「日本アカデミー賞」最優秀主演男優賞を受賞。2003年に病気で倒れ、劇団「青年座」も退団、「オフィスコバック」に移った。2004年に「ブルーリボン賞」主演男優賞を受賞している。

三国連太郎さんは1923年群馬県生まれ、豆陽中学を卒業、宮崎交通を経て1950年に松竹大船撮影所に研究生として入った。1951年に「善魔」の主役でデビューし、役名の「三国連太郎」を芸名として以後、「ビルマの竪琴」、「はだしのゲン」、「ひかりごけ」など社会派ドラマの主役や「未完の対局」、「大河の一滴」、「三たびの海峡」など中国を中心にした国際合作作品に出演した。1986年に監督として制作した「親鸞・白い道」でカンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞した。

チケットはすでに発売しており、料金は全席指定で1000円。

注:「三国連太郎」の「国」は正しくは旧漢字です。(2009-11-27)

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