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有楽町で東北支援イベント、三田明、菅原文太、見城美枝子も

有楽町で東北支援イベント、三田明、菅原文太、見城美枝子も

「東北夏祭りイン有楽町2008」実行委員会は2008年7月4日から7月10日まで有楽町マリオン広場で「東北夏祭りイン(in)有楽町2008」を開催している。

「有楽町で逢いましょう」が1957年に旧「有楽町そごう」のキャンペーン歌としてフランク永井(ふらんく・ながい)さんが歌ってヒットしてから50周年を迎え、それを記念して有楽町マリオン(千代田区有楽町2-5-1)前に「有楽町で逢いましょう歌碑」を建てることになり、7月4日13時15分からオープングセレモニーとして除幕式を行った。

除幕式には千代田区や「吉田正事務所」など関係者が集まり、岩手県南部地方の「しし踊り」が披露され、アフリカ系アメリカ人の演歌歌手ジェロさんが「有楽町で逢いましょう」を歌った。

「有楽町で逢いましょう」は作詞が佐伯孝夫(さえき・たかお、1902-1981)、作曲が吉田正(よしだ・ただし、1921-1998)で、佐伯・吉田コンビで1952年に鶴田浩二(つるた・こうじ、1924-1987)が歌った「弥太郎笠」を皮切りに次々とヒット曲を生み出し、1962年の橋幸夫(はし・ゆきお)さんと吉永小百合(よしなが・さゆり)さんが歌った「いつでも夢を」で日本レコード大賞を受賞している。

また、6月25日に10人の歌手、2人の演奏家、合唱団などが「有楽町で逢いましょう」だけを歌ったアルバム(ビクター、2500円)が発売された。

参加したのはフランク永井さん、佐良直美(さがら・なおみ)さん、森進一(もり・しんいち)さん、バイオリンの幸田聡子(こうだ・さとこ)さん、五木(いつき)ひろしさん、和田弘(わだ・ひろし)とマヒナスターズ、天童(てんどう)よしみさん、ハーモニカの森本恵夫(もりもと・よしお)さん。

大月(おおつき)みやこさん、石川(いしかわ)さゆりさん、鳥羽一郎(とば・いちろう)さん、「吉田正記念オーケストラ」、三田明(みた・あきら)さん、丸の内合唱団。このうち、三田明さん、丸の内合唱団がこのイベントに参加して、「有楽町で逢いましょう」などを歌う。

さらに、7月4日から7月10日まで有楽町マリオンセンターモールで「岩手宮城大地震被災支援キャンペーン」を開催する。仙台市の「七夕飾り」を展示し、宮城県と岩手県の物産品を販売する「物産展」を開く。

7月4日から7月7日まで有楽町マリオン特設会場で女性職人による「弥治郎(やじろう)こけし」の実演販売を行う。

7月5日13時30分と16時に有楽町マリオン特設会場で丸の内合唱団によるミニコンサートを開催する。

7月8日17時には有楽町マリオン特設会場で歌手の三田明さんによるコンサートを開催する。

7月8日18時30分から20時30分まで有楽町マリオン11階の朝日ホールで「にっぽん食育シンポジウム」を開催する。料理・栄養研究家の佐藤秀美(さとう・ひでみ)さんが「牛乳・乳製品をしっかり摂って、丈夫な身体づくり」と題して基調講演を行う。

その後、「バランスの良い食生活」をテーマに、佐藤秀美さん、俳優の菅原文太(すがわら・ぶんた)さん、タレントで青森大学社会部教授の見城美枝子(けんじょう・みえこ)さん、「加藤牧場」(埼玉県日高市旭ヶ丘578)の経営者、加藤忠司(かとう・ちゅうじ)さんがパネルディスカッションで議論する。

定員は500人で、入場は無料。HP(http://www.natsumatsuri.jp/sympo.html)かもしくはファックス(03-6661-3937)で申し込む。参加すると、エコバッグと清酒「千代田のさくら」(300ml)、宮城米ササニシキ(500g)、甘酒(サプリメント)がもらえる。

ジェロさんは1981年にペンシルバニア州ピッツバーグで生まれ、母方の祖母が日本人。15歳の時に「エデュケーション・ガーディアンシップ・グループ」主催の「第3回高校生による日本語スピーチコンテスト」に参加し、初めて来日した。

ピッツバーグ大学に入学して、情報科学を専攻、在学中に関西外国語大学に3カ月間、留学したことがあり、2003年にピッツバーグ大学情報科学科を卒業した。その後、日本にわたり、「NHKのど自慢」などカラオケ大会に出場、2005年に坂本冬美(さかもと・ふゆみ)さん主催のカラオケ大会で優勝、ビクターエンターテインメント大阪のスカウトの目に留まり、オーディションに合格、2008年にシングル「海雪」でデビューした。

「丸の内合唱団」は2005年に丸の内で働く女性だけで結成され、2006年には男性も参加して年末には丸ビルで「第九」を合唱している。

三田明さんは1947年に東京都昭島市で生まれ、1962年日本テレビ系オーディション番組「ホイホイ・ミュージックスクール」に合格、吉田正門下生となり、1963年「美しい十代」でデビューした。1964年にNHK「紅白歌合戦」に初出場、以後、1969年まで6年連続出場した。

1973年にデビュー10周年記念で「赤毛のおんな」を発売、1993年にデビュー30周年記念アルバム「心の出発(たびだち)」を発売し、2003年にデビュー40周年記念マキシシングル「青春という名の旅人/ハンカチ」を発売し、2004年「日本レコード大賞」功労賞を受賞した。2005年にベストアルバム「三田明ベスト」を発売し、2006年2月にシングル「しあわせ追いかけて」を発売している。

佐藤秀美さんは大学を卒業後、9年間企業で調理機器の研究開発に携わり、その後、お茶の水女子大学大学院を修了、現在、放送大学をはじめ、複数の大学で講師を務めるかたわら、東京栄養食糧専門学校も卒業し、栄養士免許を取得した。

ウイキペディアなどによると、菅原文太さんは1933年宮城県仙台市生まれ、早稲田大学第二文学部を中退、雑誌のモデルなどさまざまな職業を経て1958年に新東宝にスカウトされ、映画「白線秘密地帯」でデビューしたが、1961年に新東宝が倒産し、松竹を経て、1967年に東映に移籍した。

1969年に「現代やくざ 与太者の掟」(1972年までシリーズ化)で主演、同年より「関東テキヤ一家」シリーズ、1971年よりコメディ「まむしの兄弟」シリーズ、1972年に「木枯し紋次郎」で主演、1973年からの「仁義なき戦い」シリーズで人気を得る。

1975年から「トラック野郎」シリーズに出演し、東映のエースとなるが、1980年にNHK大河ドラマ「獅子の時代」に主演、映画界を離れ、その後はテレビで刑事物などの連続ドラマに主演した。1998年頃に岐阜県の飛騨地方に移り住み、農業政策に高い関心を示し、アニメの声優もこなしている。2001年に長男の菅原加織(すがわら・かおる、1970-2001)を事故で亡くし、仕事を休んだが、2003年映画「わたしのグランパ」で9年ぶりの主演を演じた。

見城美枝子さんは1946年に群馬県館林市で生まれ、早稲田大学第一文学部英語英文学科を卒業、1968年東京放送(現TBS)にアナウンサーとして入社し、1973年に退社し、フリーとなった。1996年に青森大学社会部教授に就任、2004年に健康食品のオルト取締役、2006年に三越の非常勤取締役に就任した。現在、日本リーダー養成協会理事長でもある。

物産展などの開場時間は10時から20時(最終日は18時)で、入場は無料。(2008-07-04)

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