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プランタンで藤田嗣治版画展
プランタン銀座(中央区銀座3-2-1、03-3567-0077)で2008年5月20日から5月26日まで本館6階アートギャラリー「ギャルリィ・ドゥ・プランタン」で「『藤田嗣治』秀作版画展 -パリを魅了した異邦人」を開催する。
「エコール・ド・パリ」の画家で彫刻家の藤田嗣治(ふじた・つぐはる、1886-1968)の個展で、会場には、初期の作品や、猫や子供のシリーズなどの代表作品、藤田嗣治夫人が長年秘蔵していた作品も合わせて紹介する。
「エコール・ド・パリ」は1920年代を中心にパリのモンマルトルやモンパルナスに集まり、活動していた出身国も画風もさまざまな画家の総称で、厳密な定義がない。アンリ・ルソー(1844-1910)やモーリス・ユトリロ(1883-1955)、マリー・ローランサン(1883-1956)、アメデオ・モディリアーニ(1884-1920)らが代表的な画家だ。
ウイキペディアなどによると、藤田嗣治は1886年東京都生まれ、1910年に東京美術学校(現東京芸術大学)西洋画科を卒業、1913年にフランスへ渡り、パリのモンパルナスに住み、モディリアーニと知り合い、パブロ・ピカソ(1881-1973)らと交遊し、1917年に初めての個展を開催、1919年に「サロン・ドートンヌ」に初入選し、会員に推挙され、1925年にベルギーのレオポルド勲章を受勲した。
1931年にパリを離れ、ブラジル、アルゼンチン、ペルー、ボリビアを訪ね、メキシコを経由してアメリカへ渡った。1933年に帰国、1934年に二科会会員となり、1938年から1年間従軍画家として中国に渡り、1939年に日本に帰国した。その後、パリへ戻るが、第2次世界大戦が勃発し、翌年ドイツに占領される直前パリを離れ、再度日本に帰国した。
帰国後は戦争画を制作し、敗戦後の1949年にニューヨークのブルックリン美術館付属美術館の教授として招かれる。1950年にはパリへ移り、1955年にフランス国籍を取得、その後、日本国籍を抹消し、1957年にフランス政府からはレジオン・ドヌール勲章シュバリエ章を贈られ、1959年にはカトリックの洗礼を受けて「レオナール・フジタ」と名乗った。
1968年1月29日にスイスのチューリヒでガンのため81歳で死去、遺体はパリ郊外のヴィリエ・ル・バクルに葬られ、 死後に日本政府から勲一等瑞宝章を贈られた。
営業時間は11時から20時30分(日・月曜日は19時30分)で、入場は無料。(2008-05-14)
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